ダンス徒然~気の向くままに~
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カテゴリ:地震・災害・事故( 43 )
6年目の3.11
あれから6年。

11日は6年目、七回忌となる。

千紫万紅の代表として、今年もまた岩沼市へと向かった。



朝は私が寝坊して出発したのが6:45。

東北道は福島~宮城の国見あたりがヤバそうだったので、北関東道~常磐道の海岸線を行くことに。


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常磐道では所々線量が表示されている。



大熊町~浪江町の帰宅困難地域は雑草で荒れており、夥しいほどの黒い袋が置かれ未だ異様な光景だ。

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まず宮城に入って向かったのは名取市。

こちらの愛島仮設住宅で長沼さん、渡邊さんにお会いした。


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311追悼イベントの準備真っ最中にお邪魔。失礼しました(汗)。

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長沼さんご夫妻と渡邊さん。今年のサマフェスに繋がるお話も出来て良かった!





その後は千年希望の丘へ。

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2号基。





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新たな案内塔も建っている。




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今年のサマフェスのチラシですー。



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1号基に植えた木は3m近くまで伸び、森の様相を呈して来ている。






それにしても今回、こちらに来る直前で足を傷めてしまった私。

右足の腓腹筋断裂は思った以上に重く、移動だけでも一苦労だった・・・あぁ。





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集団移転地に作られたショッピングモールで食事。

海鮮丼がやっぱり美味しいっ。








そして岩沼市民会館へ。
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テレビ中継に合わせて式が執り行われる。


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今年は天皇陛下の名代で秋篠宮殿下のお言葉を賜った。




もう6年・・・まだ6年・・・

復興は進んでいるが、未だ重くその影を落とす。


ただ無心に合掌。


改めて犠牲になられた方々へ鎮魂を祈るのみ。





宮城の旅後半に続きます。

by kayojazz | 2017-03-14 00:13 | 地震・災害・事故 | Comments(0)
5年目の3.11
2011年のあの日から5年。

岩沼市からのお知らせを受け、再び宮城の地へと向かった。


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午前6時に笠懸を出発。


約4時間強で名取市へ到着した。




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名取市愛島東部仮設の駐車場では、ひょうごボランタリープラザの方々が遥々いらして竹灯篭の準備をされていた。






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そのイベントのPAを担当されたセンダイ交流団の渡邊さんと。

渡邊さんが所属する団体では、2月に東日本大震災復興チャリティーイベント、エアポートよさこいIn仙台空港を主催。

他にも栃木市の水害被害での物資支援など、多岐に亘り活動されている。

被災者と支援側の重要な橋渡しなのである。



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こちらの仮設の長沼さんとも再会。





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奥様とも笑顔で再会となり嬉しかった。

長沼さんご一家は当日のテレビ朝日の特番で出演された。

誰か見た方居るかな?








渡邊さん、長沼さんとお別れした後は、昼食をとるため岩沼市玉浦の食彩館へ。
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集団移転地に出来た大型スーパー。





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地場産の食材も豊富で、近隣のお客さんで賑わっている。




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前回は海鮮丼だったので、今回は牛タンカレーに挑戦。(これはパパが頼んだ牛タンカツカレー、これで790円、安い!)





その後は千年希望の丘へと向かった。

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こちらは2012年に植樹された実証実験地の木々。私の背丈を遥かに超える。





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千年希望の丘1号基と慰霊碑。






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2013年に植樹された1号基の樹木も私の背ほど伸びていた。




慰霊碑では,鐘を鳴らして合掌し、祈る。






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2号基と慰霊碑を含むメモリアルパーク。視界の先には仙台空港がある。





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昨年植樹をした7号基、8号基の開催場所。




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私たちが植樹した7号基。






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約10か月の伸び具合。最初の1~2年は雑草の手入れも必要で、森の長城プロジェクト他ボランティアの方々が熱心に取り組んでくださっている。






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ちなみにこちらが今年の植樹祭のお知らせ。千紫万紅でももちろん協力させていただきたいと考えている。








午後2時を回り、次は市民会館へ。

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2013年より毎年伺わせていただいている追悼式。







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式は厳かに粛々と進み、天皇陛下のお言葉の後黙祷を捧げた。





しかし・・・毎回来て思うことは、自分が如何に無力であるかということ。

でもそれを確認するために来ているのかもしれない、ということに気づく。

現地に来てみなければ判らない空気感、状況、想い・・・。



どんな言葉をかければいいのか、どんな言葉が傷つけてしまうのか、元から鈍感な私はきっといろいろな人を傷つけてしまっているだろう。

でも、だからと言って口をつぐんでしまえば、無関心にもなりかねない。

それは嫌なのだ。

どんな状況にあろうと、心寄せて行きたいという気持ちは変わらないのだ。(自己満足かもしれないが・泣)





今回の旅では、宮城の良いところもいっぱい享受した。

被災地としてではない、昔からの良いところ、楽しみ、の発見。

人とのつながりもまた嬉しい。

これからの未来を、私もこっそりと覗いて行けたら・・・。






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サマフェスを続けていくにあたって、現地の風に常に吹かれて考えて行かなくては。





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第6回みどりサマーフェスタは8月27日(土)に開催です。

ダンスの力を信じて、未来の夢を見ましょう。










by kayojazz | 2016-03-15 01:20 | 地震・災害・事故 | Comments(0)
6号を行く(宮城・亘理町~福島・富岡町)
11日は名取川沿いにある温泉ホテルに宿泊し、翌12日は今まで行ったことが無かった国道6号以南へ。

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ホテルは東北道と仙台南部道路の境にあり、前日の大雨で土砂崩れが起きていた。

夜を徹しての復旧作業の翌朝の光景。

名取川も濁流になってて恐ろしい状況になってた。





最初に向かったのは亘理町。

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JR常磐線の浜吉田駅。

当時も津波被害にあっていたが、現在は復旧されている。

しかしここより南は相馬まで不通になっており、上り線に向かうホームへの階段は封鎖されていた。

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電車が通らない線路は錆びついている。





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その先は線路も架線も無くなっていた。







そこから県道38号線で山元町へ。



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建物も何も撤去され、広大な平原と化している。



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ここには常磐山元自動車学校があった。


私がこの自動車学校の悲劇を知ったのはニューヨークタイムズのこの写真だ。
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教習所に通っていた娘さんの変わり果てた姿を見つけたご両親の痛ましい様子。


犠牲になったのは教習生、職員27名。

皆若い人ばかり、さぞ無念だったろう。

私はただ手を合わせるしかなかった。




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そこからまた38号線をひた走り、中浜小学校へ。

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こちらは未だ生々しい津波の痕跡が残されている。


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幸いここでの犠牲者はいなかったと聞く。

残された人は屋上に逃げ、一命を取り留めた。



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学校から海は目と鼻の先。



この海面が持ち上がり、校舎屋上近くまで上がったのかと思うと本当にゾッとする思いだ。





そこからは6号線に出て福島県へ。

途中新地駅にも寄ろうと思ったが、工事中のため入れなかった。

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迂回するために入った路地では、こんなアパートもあった。未だ手つかずの家々。その隣では普通に暮らしてる家もあり、そのギャップに複雑な思いがした。






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休憩のため寄った道の駅そうま。



ここの震災展示館では、先ほどの中浜小学校の備品が置いてある。
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ここを訪れた時はぜひ見てほしい、と思う。






この後更に6号を南下し、津波浸水粋を何度も通り抜け浪江町へ。

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津波に襲われたままの家々が目に飛び込んでくる。



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同時に除染の黒い袋が点々と。




双葉町に入るときは、帰宅困難区域の表示が出て、二輪車通行禁止、歩行禁止、車両は通行のみ、となっていた。

なのでそこからは窓を開けず、外気になっていないか確認して車を進めた。


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街はあるけど、全く機能していない。

路地には全てバリケードが張られ、マスク装備の警備員が見張っている。

初めて見る異様な光景に、これが同じ日本なのかと疑うばかり。

重要と思えるところには警官まで配置され、その管理下を通る恐怖心も出てきた。


写真には撮れなかったが、あの有名な「原子力 明るい未来のエネルギー」の看板も見た。

その矛盾が何より今の日本を表してる気がしてならない。






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ゾッとした、【福島第一原子力発電所】の表示板。



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この向こうにあるのかと目を凝らすと、ほんの少し建物らしきものが見えた。







大熊町の市街地に入ると、悉く家の前にバリケードが。
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本当に異様な光景。

人そのものを拒絶してる空間だ。



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富岡町に入る頃はこんなトラックや除染作業の人、黒い袋の山、とにかく夥しいほどの袋の山があった。






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ここを通る前、前日一緒に食事をした去田さんから伺ったのは、「本当にショックを受ける光景ですよ」だった。


テレビやニュース写真で見て知ってはいたが、実際に見ると本当に衝撃的で生々しい。


こんな光景が実際にあるのに、なぜ九州では川内原発が稼働になるんだろう。

誰も住めなくなった街は、日本人の大人なら必ず見ておいた方がいいと思う。

この重い重い事実は、皆で共有しなければいけない。



帰りがけ、パパと話した感想は、「未だ震災の渦中にある」ということ。

忘れてはいけない。

無かったことにしてはいけない。







最後、常磐道から北関東道に入った後、宇都宮で鬼怒川に差し掛かった。

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遠くて分かりにくいが、川にかかる橋脚にいろいろ引っかかっている。



常総市の大水害は、私たちが出発する前夜のこと。


自分たちは災害列島に住んでいるんだと、改めて思ったのだった。




2日間の宮城福島の旅。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

by kayojazz | 2015-09-15 00:23 | 地震・災害・事故 | Comments(2)
宮城訪問【名取市閖上ー岩沼市】
石巻訪問の後は、三陸道~東部道路から名取市へ。

途中、お昼時にも差し掛かったため石巻市の鮨屋へ入った。

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このお店の一番人気という海鮮丼をオーダー。

さすが石巻、メッチャ美味しかった!!





名取インターから降りて閖上に向かう。

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メイプル館から海を臨むと、穏やかな風が吹いていた。






日和山の隣には慰霊塔が立っている。
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先月8月11日に建てられたとのこと。

両脇に犠牲者のお名前が入った碑も建てられ、そのお名前の多さに改めて悲しみを感じた。

手を合わせ、悼む・・・。





日和山では、待ち合わせをしていた皆さんと再会。

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去田さん親子と。






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兵庫から帰ってきた長沼さん。家にも戻らず空港から直接来てくださった。





ここでも皆さんといろいろお話し。

閖上でも土地のかさ上げが開始されることになり、そうなるとほとんどの場所が立ち入り禁止になるとのこと。

閖上中学校から日和山までの道も通れなくなり、迂回した道からでなくては日和山へ来ることも出来なくなる。

もちろんこのままで良い訳ではないが、かさ上げ後の再建も時間もどうなるか判らない中、住民の心を置きざりにしたままの進め方は理解し難い。

閖上も今年を境に風景が一変する。

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日和山からの眺め。





変らなくてはいけないし、変わることが必然の流れなのだろうが、せめてその変化が住民の方々の心に寄り添うものであってほしいと願っている。

なお、閖上中学校は取り壊しが決まっているとのこと。

津波高を示す波の跡や地震の時間で止まっている時計など、津波被害を形で残していた建物ももうすぐ見られなくなる。

せめて記憶に焼き付けよう。

ここで起こった悲劇を、私たちは忘れない。







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お会いした皆さん、ありがとうございました。みんな同じ歳(笑)、話も合うしとっても楽しい。







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帰りがけは閖上さいかい市場に案内頂いた。

さいかいは【再会】から。

震災前閖上地区でお店をやっていた方々が、ここで仮設のお店を開いている。

地元閖上ではお得意さんがいたけど、住民が散り散りになってしまった今は経営が大変なところもあると聞いた。

名取市を訪れる予定の方は、ぜひ閖上さいかい市場にも足を延ばしましょうね!







その後は長沼さんと別れ、去田さんご一家と仙台市内へ。

美味しいところもよく判らず、来るたび駅ビルのレストランだったので、去田さんに地元の美味しいところにご案内してもらったのだ。

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ゴージャズ!牛タン!










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楽しい語らいと美味しい食事で、本当に良い時間が過ごせた。

去田さん、ありがとうございました!!







その晩は仙台市内のホテルに泊まり、翌月曜は岩沼市へ。


千年希望の丘
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去年植樹をした1号基の苗木が順調に育っていて感激だ。







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今年の5月に植樹をした2号基と慰霊碑。






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この整備されたメモリアルパークは、まだそのプロジェクトの一部に過ぎない。


千年先の未来に向けて、自然の防潮堤になるべく、まだまだ計画は続いて行くのだ。






その後はサマフェスで委託販売をさせて頂いた【つながる木っと】さんへ。

震災ガレキを加工しての木工品はとても好評で、サマフェスでも多くの皆さんが手にしてくださった。

北関東の群馬で震災ガレキのリサイクルのお手伝いが出来るのは幸せだ。

また来年も・・・出来るかな。

佐藤さん、いろいろお世話になりました。

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宮城訪問のラストは岩沼市役所へ。

サマフェスでお預かりした浄財を届けるのが今回の目的だ。

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復興推進課にて、しっかりとお渡ししましたよ。





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受領書はこちら。






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サマフェスにお越しいただいた佐藤さん、菅井課長、佐々木さんと。

皆さんから励みになるお言葉を頂き、本当に嬉しかった。

また来年も!

いつか、千年希望の丘に、千紫万紅の旗を翻らせたいな・・・。









訪れるたびに徐々に姿を変える被災地。

今年は特にその【ターニングポイント】を感じた。

復興への歩みは、私も見つめて行きたいし、これからもささやかながらお手伝いもしていきたい。

いつまでも忘れることなく、繋いでいこう。



今回も、宮城の皆様には本当にお世話になりました。


今日は3年半の節目の9月11日。

改めて、合掌。

by kayojazz | 2014-09-11 23:48 | 地震・災害・事故 | Comments(4)
宮城訪問【女川ー石巻】
年に3回訪れている宮城。

それでもまだ全部の被災地を訪ねられず、今回初めて女川町へ向かうことに。


マリンパル女川

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震災前は漁港のすぐ前にあり、建物は津波で流されなかったが、後に取り壊された。





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殻つき牡蠣が何と100円で、買いたかったが帰りを考えると無謀なためあきらめる。






万石浦沿いの風景は穏やかで、道路脇の家もいたって普通に見えた。

後で聞いたのだが、この辺りは津波被害がほとんど無かったそう。

その後少し山に入り、坂を下ったら何もない風景が眼前に飛び込んできた。


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女川は津波の高さが最も高かったところで、被害も甚大。


引き波でコンクリート製の建物が土台から根こそぎ倒されるという、他地域でも類を見ない被害に遭った。



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震災遺構として残されることが決定した交番。






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土台から倒れ、あまりにも有名なった江島共済会館。


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呆然と建物を見ていたら、後ろから声をかけられた。


この江島共済会館の向かい側にあった七十七銀行の遺族の方だ。

震災時、銀行の行員はすぐ前にある高台には逃げず、この銀行の屋上に避難した。

約20mと言われた津波はビルを丸ごと飲み込み、行員は1名が漁船に助けられた以外8名が行方不明、4名が亡くなったとのこと。

声をかけてきた女性は、その亡くなった行員のお母様。

25歳で亡くなった息子さんの無念をお母様は語ってくださった。

すぐ前に高台があるのに、どうして銀行側はそこへの避難を指示しなかったのか・・・。

現在遺族の方は銀行を相手取り訴訟を起こしている。

こんな悲劇が無くなるように。

それは遺族の心からの叫びなのだ。

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その遺族の方のお話によると、未だ女川では200名が行方不明ということだ。

なかなか進まない捜索に、不明の奥様を探すため潜水士の資格を取って自ら探そうというご主人もいらっしゃる、と聞いた。

そんな悲しみとは裏腹に、女川の津波浸水区は土地のかさ上げが開始する。

江島共済会館も10月には取り壊しが決定で、ここが無くなると訪ねる人もいなくなり忘れられてしまうのではないか、と遺族であるお母様は心配していた。

「この光景は、来年はもうないんですよ」

と悔しそうに仰る。

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七十七銀行跡地に設えられた祭壇。

写真を撮ってもいいですか、と聞いたら「どうぞどうぞ」と言って頂き、写真に収め手を合わせる。



被災地の方々の中ではまだ震災の続きの現実だが、世の中の動きはもはや「震災後」。

このギャップを埋めるためにも、私たちはまだまだ心寄せて行かなければ、そんな気持ちを新たにした。







女川を後にし、次に向かうは石巻市。

国道398号線を走っていると、脇の線路で列車が並走してきた。

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見ると、心躍るイラストが描いてあり、何とも愉快で癒される。


仙石線 マンガッタンライナー

大袈裟だが、神様からの贈り物のような気分。

地元の人々にも愛されてるんだろうなー、と思った。





石巻では、マンガッタンライナーを見たのもあり、石ノ森萬画館を訪ねてみる。

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津波被害が甚大で、2年前に来た時はまだ再開してなかった萬画館。やっと中に入れたのだった。



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入口エントランスにある石ノ森章太郎氏の手のモニュメント。



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握手させていただいた。







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被災直後、40人もの避難者を受け入れ、救助までの5日間を耐え忍んだ萬画館の方。

そんな経緯も知っていたので、感慨深く館内を見て回ったのだった。







その後は石巻復興マルシェへ。
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前回来た時よりも規模が縮小されていた。


仮設の縛りもあるのかもしれないが、訪れる人も少なくなっているように感じる。


周辺では取り壊されてる建物も多い。

風化の波にさらされているのはここも同じなのか。







門脇地区へも行ってみた。

小学校は足場が組まれ、市民病院は取り壊された後。

草が伸び放題で、だだっ広い草原に来たかのようだ。

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この場所の向かい側にはちょっとした休憩所もあったはずだが、それももう今は無し。

祭壇に手を合わせ、そっとそこを後にした。







今回、被災地を回って思ったことは、どこもターニングポイントを迎えている、ということ。

良きにつけ悪しきにつけ、転換期が来てるのだと思わざるを得ない。




次は名取市閖上、岩沼市レポです。

by kayojazz | 2014-09-09 23:58 | 地震・災害・事故 | Comments(0)
ご心配おかけしました
えー、波乱万丈怒涛乃助左衛門木蓮でございます、皆さんごきげんよう。


まさか・・・こんな事態になるとは・・・


今日はチビクロウのリハビリだったので、朝7時半に家を出てチビクロウたちを迎えに行った。

ぷぅるとチビクロウを乗せ桐生に向かっていたとき、喉が渇いてお茶が飲みたい、とチビクロウが言うのでコンビニへ。



で、波乱万丈な出来事はここからスタートした・・・

お茶とパンを買って車に乗り、幹線道路に出るため駐車場の出口で止まっていたら、何とうちの車の右後ろから巨大なトラックがヌッと現れメリメリバキバキとぶつかってくる。

驚いてクラクションを鳴らしっぱなしにしたが、そのまま押し出された。


勢いよくぶつかった訳じゃなかったのが不幸中の幸いだったが、車の後ろ半分は見るも無残な有様。

車を駐車場の端に寄せ、すぐさま110番し警察を呼んだ。

警察が来るまで、保険会社に電話したり、相手の連絡先を確認。

相手方のトラックをよく見たら10tウィング車で、改めてゾッとしたのだった。

警察の現場検証は約1時間ほどかかったか。

事故の原因は相手の前方不注意。

死角に入ったうちの車を確認せず幹線道路に出ようとしたらしい。

乗用車だったから押し出されたが、これが自転車やバイクだったら巻き込まれて死亡事故だったろう。

漫然運転の恐ろしさ、なのだ。


止まっていたのを後ろからぶつかってきたから、事故割合はもちろん10-0。

ぶつかった側に座っていたぷぅるが腰が痛いと言うのでその足で病院に行くことになり、パパに迎えに来てもらってぷぅるは総合病院へ。

後ろがひどかったが何とか動いたので、私はチビクロウのリハビリへと向かった。



午後は合流してディーラーへ。

見積もり&修理に1か月はかかる、ということで代車を手配してもらいまたぷぅるたちを家まで送って行った。




まったく予想外の驚きの展開。

何でこう波乱万丈なの?!

漫然運転は本当に事故の元。

私も含めて運転する方、くれぐれも気をつけましょう!



FBでご心配をおかけした皆様、コメントありがとうございました。

by kayojazz | 2014-07-02 22:58 | 地震・災害・事故 | Comments(4)
3.11追悼2014
東日本大震災から3年。

昨年に引き続き岩沼市よりご案内を受け、千紫万紅代表として追悼式に向かった。


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エリツィーの病院から戻り、その後準備して出発した。これは薮塚インター。





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夜の高速をひた走り、休憩を入れて約3時間ほどで宿泊予定の福島に着く。






翌朝はまさかの吹雪。
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前もよく見えないくらいの吹きっぷりに驚いた。






それでも仙台市に入る頃は空も晴れてきた。
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仙台東部道路から名取川を渡る。






名取インターで降りて閖上へ。
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命日ということもあってか多くの人が日和山を訪れていた。






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昨年9月以来の嬉しい再会。去田さん、お会いできて良かったです。





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閖上復興桜。いつか咲き誇り、亡くなった方々の御霊と訪れる方々の心を慰めてくれるだろう。




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閖上ではお土産のほとんどを購入。その中でも、仮設住宅にお住いの方々が作られたというこの素敵な桜ゆかりのグッズには心惹かれた。






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一番嬉しかった絆のお守り。末永く繋げていきたい証のお守りだ。









閖上を後にしてからは岩沼市【千年希望の丘】へ。

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昨年6月に植えた木々が大きくなってた。




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見晴らし台に上って海側を見ると、国と県で作ったというコンクリート製の防潮堤が見えた。
その高さは7.2mということで、見た感じ中途半端だったのは気のせいか。
コンクリートなど死んだもので作る人工物の脆弱さ・・・そう仰った宮脇先生の言葉が蘇る。
コンクリートの防潮堤と命の森の防潮堤、その二つが並んでそこにある事に、復興に対する見解の齟齬が見て取れるのである。






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ぷぅるが作ってくれた今年のサマフェスのチラシと千年希望の丘1号基。

ちょうどFMいわぬまの方がいらっしゃっていて、偶然ではあったが取材を受けたのだった。

現在、千年希望の丘は2号基を築造中。次の植樹が楽しみである。









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千年希望の丘実証実験地にも立ち寄った。





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もうすぐ2年経つこの丘では、木々が私の背丈ほど伸びている。







その後は昼食をとり、岩沼市民会館へ。

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厳かな式に身も引き締り、敬虔な気持ちで参列させていただいた。


午後2時46分。都内の追悼式と合わせて黙祷。


犠牲になられた方々のご冥福を祈って。






式が終了したのは4時半。

昨年サマフェスにお越しくださった復興推進課の皆さんがいらしてご挨拶をした。

ささやかだけど、また今年も復興のお手伝いをさせていただきたいと思っている。



そこから帰路につき、自宅に到着したのは午後9時半。

仕事で東京に行ったり、エリツィーの出産があったり、のほんの2日間ばかりの出来事がはるか昔に感じるくらい、濃い一日だった気がする。





被災された地に伺って毎回思うのは、自分の非力さ。

個人ではどうすることも出来ない無力感。

そんな思いに抗いつつ、それでも成し得たいと思っている。



2014年3月11日

合掌




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by kayojazz | 2014-03-13 01:49 | 地震・災害・事故 | Comments(2)
激甚災害
群馬県は国に対して【激甚災害】を要請したとか・・・・・・

つまり、それだけ群馬県は被害が大きいということだ。

今回の雪害は、群馬県、山梨県、埼玉県、と甚大な被害をもたらしてる。

国道18号はようやく通行止めが解除になったらしいが、南牧村は未だ孤立している集落があると聞いた。

死者も出ている。

スーパーやコンビニではスッカラカンの棚が並び、店員さんの話だと震災の時より品数が薄いとのこと。

これだけの規模になると、本当に大雪災害なのだと実感だ。






今日はチビクロウのリハビリだったのでぷぅる家まで迎えに行き病院へ。

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通行止めが一部解除された北関東道。伊勢崎より西は未だ解除されていない。




リハビリが終わった後は昼食をとりそのまままた埼玉へ向かった。



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イオンにて。背中にリュックを背負ったチビクロウがカワユイ♪





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カメラを向けるとすぐピース。最近は名探偵コナンが大好きなんだとw




その後買い物をしている途中で電話が入り、驚きの事実を知る・・・

何と今週末の舞台発表が中止の連絡。

これには本当にガックリ来た。

一生懸命練習してきたのに、発表の場が無いなんて・・・

みんなの落胆ぶりを考えると、胸が痛くなる。

今年卒業する子は、どれだけ残念な思いだろう。

自分たちが踊ることで、見ているお客様が喜んでくださる。

そのことがまた自分たちの喜びとなり自信に繋がる。

そんな思いでやってきた、子どもたちの気持ちのやり場はどこへ。



しかし、これだけの災害を前にしての開催は確かに難しかったろう。

県内全域の施設が集まる催しなので、移動が困難な地域もあるのだ。

ましてや障害者の団体、安全が最優先されるのは当然。

いた仕方ないことだ。




それにしても子どもたちが可哀想。

何としても積み上げたものを昇華させてあげたい。

3年生が卒業する前に・・・。


今日はそんな思いで悶々としている。

何とか希望に繋げられないかな。


by kayojazz | 2014-02-19 00:34 | 地震・災害・事故 | Comments(2)
台風18号
思えば、昨日の夜の午前2時半、いきなりアラームがなって停電したのが発端だったのか。

いきなりピーピーと停電対策用のバッテリーが鳴り出し、あれ?停電?と起きて確認し、ブレーカーを見に行こうとしたら復旧した。

外は案外静かで、何が原因で停電したのか判らなかった。





判ったのは翌朝・・・



FBでみどり市大丈夫?とコメントが入り、ニュースを見たらゲッ!ビックリ!

何と突風で40何棟かが被害とな。

出てくる映像を見てもどこだか判らず、南北に長いみどり市だからうちの近くじゃないだろう、と高を括っていた私だ。

外に出てみても、車一台通ってなく、不気味な静けさがあるだけ。

そうこうしてるうちに台風はドンドン北上し、お昼ごろには埼玉の熊谷付近まで来たとのこと。

さすがに暴雨風圏内に入ると、風と雨はひどくなり、あまりの勢いに家が壊れるかと思ったほどだ。
(築40年以上の我が家は次の地震が来たら絶対壊れると言われるくらい古いのよww)

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ピーク時の我が家の前。これを撮るだけで上半身濡れた。


台風のお陰で女子会はお流れになり、仕方ないけど残念無念。

テレビを見ながら今まで後回しにしてきたことなどやり、台風が過ぎるのを待った。

そんな中、遠方の友人や岩沼市からもご心配のお電話を頂き、本当にありがとうございました。(〒〒)




台風がほぼ過ぎ去った午後4時、夜に出かける用事があったので道の状態を調べようと車で出かけると、すぐに驚くような光景に出くわす。

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屋根瓦が無くなっている家。



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木がボッキリ折れている。



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驚くような傾きっぷりの看板。




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メチャクチャになったビニールハウス。




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屋根瓦が飛ばされてる車庫(?)




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この辺りが一番ひどかったかも。




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半壊の家。



同級生の実家や子育連でお世話になった方の家などは被害に遭ったらしい。

東電の作業員が大勢で復旧作業に当たっていた。




まさか自分の家の近所でこんな災害があるとは思わなかった。

突風とニュースで言っていたが、一直線で5キロの被害はおそらく竜巻だろう。

うちが無事だったのは偶然に過ぎない。

今は日本中安全なところなんて無い気がする・・・・・・。




夜はそこからもう2キロほど離れた場所へ。

きょんきょんと一緒に伺ったが、その方も今回の被害に心痛めておられた。

来年に向けての有意義なお話。

継続していかなければ、なのだ。




被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。


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by kayojazz | 2013-09-17 01:04 | 地震・災害・事故 | Comments(2)
宮城訪問【岩沼市】
8日夜は仙台市に泊まり、翌9日は岩沼市へ。


時間があったので仙台空港に寄り、その後すぐ近くなので6月に植樹式が行われた千年希望の丘1号基へ向かった。



前日とは打って変わって晴れ渡り、清々しいことこの上ない。
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誰もいないかと思われたが、芝の手入れをする職員さんと、ピクニックにやってきた年配のグループの方々がいらした。
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6月に植樹した苗木が大きくなっていて感激だ。
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見晴台から海を臨む。
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空港が近くなので、真上を飛行機が通る。
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パパがすぐ撮ったけど失敗したらしい。



年配のグループの女性の方が、帰りがけ私たちに話しかけてくれた。

その方は、この丘のすぐ真下が実家だったという。

朽ちかけたアスファルトの道路を指差し、「あの角がそうだったのよ」と。

震災の時、その方は仙台市内にいて助かったが、そこに住んでた実家の息子さんご一家が全員亡くなったとのこと。

「暇があるとここに来ちゃうのよ」とその方は言う。

悲しみを抱えた方が、ここにもいらっしゃった・・・・・・。

「じゃあ、ゆっくりしていってね」と言い残し、その方とグループの皆さんは帰っていく。

その後姿を見送り、私たちも丘を後にした。






そこから向かったのは、岩沼市役所。

いよいよ今回の旅の最大の目的、サマフェスでの募金のお届けだ。

一応アポは取っておいたのだが、月曜ということでお忙しいだろうと思い、会計課で募金をお渡しして帰ろうか迷っていると、職員の方に上の階までご案内頂いた。

部屋に入ると、サマフェスにもお越し頂いた渡辺部長、入間川課長、佐々木係長の方々が。

ひとしきりご挨拶をしてると、今度は井口市長がいらして御礼と労いのお言葉を頂いた。


井口市長に募金を直接お渡しする。
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井口市長は、「企業や団体からの寄附ももちろんありがたいが、子どもたちが5円、10円握り締めて募金することの意味が何より嬉しい。」と仰ってくださる。

子どもたち含め、一人ひとりが千年希望の丘を作っていくという心が、この丘の趣旨でもある、と仰ってくださったのだ。

確かに企業等の寄附に比べれば、些細な額かもしれない。

でもこの小銭一枚一枚にみんなの想いがこもっているなら、それはやっぱり未来に繋がる気がする。




本会議中にも関わらず出向いてくださった井口市長に本当に感謝です。




その後はサマフェスにお越し頂いたお三方と会食させていただき、当日の四方山話などで盛り上がる。
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ご感想、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。






足かけ3日間に亘る宮城訪問。

第1回目のサマフェスから毎年お伺いさせていただいているが、毎回新たな発見と気づき、繋がりがある。

大切なのは、その都度その都度の空気感を肌で感じること。

大きなことが出来ない自分に歯がゆさを感じたりもするが、今は千紫万紅の出来る範囲で、協力してくださる皆さんの力を借りながら精一杯やっていこうと思っている。

一回だけの大花火ではなく、ユラユラ揺れてもロウソクのように周りを照らす灯りのようなイベントになれば。

また来年もやるぞー!





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『千年先までその地に残り、人々の希望となるように』、と井口市長が名付けた千年希望の丘。



きっと千年先もこんな青空が広がっているんだろうな、と思ったらちょっと楽しくなった。


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そんな空を仰ぎながら帰路へ。




お会いした皆さん、お世話になった皆さんに感謝!







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by kayojazz | 2013-09-13 23:55 | 地震・災害・事故 | Comments(0)