ダンス徒然~気の向くままに~
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思い込んだら一直線!情熱は全てを凌駕する!
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涙・涙の発表会
今日はぷぅるにとっての最後の発表会。
ぷぅるは朝から大音響で4人の踊りの曲をかけていた。
白樺は完全年功序列なので、ぷぅるも今年はトップグループだ。
あこがれの、一番上のお姉さんグループ。
責任ある重要なところなので、本人ももの凄く気合が入っていた。

2部の3曲目、4人の踊り「誰にでもある明日」。
曲の紹介で、4人で踊るのもこれが最後、というアナウンスを聞きその時点でウルウルきてしまった。
ゆきちゃん、はるなちゃん、ともこちゃん、ぷぅるとみんな良く踊っていた。
みんなで頑張ってきたんだよね。
観てたらボロボロ涙が出てきて、ちょっと恥ずかしかったが、しみじみと感動した。
リハで心配だった3部も、本番はとても良かった。
ストロボを使った照明効果も抜群で、蓋を開けてみればここ数年では一番の出来の良さだったと思う。
上級クラスの子達が、一丸となって頑張った結果なのだろう。

レセプションでも、みんな涙涙だった。
今年でやめる子が多く、挨拶でみんな言葉に詰まっていた。
ぷぅるも玲子先生の前で号泣。
親も後輩の子達も泣いていた。
中2のたっちゃんというたった一人の男の子も、今年で卒業。
挨拶で、顔を真っ赤にしながらボロボロ泣いていた・・。

ビデオ業者のK上さんが「白樺の発表会は、他と違う何かグッと来るものがあるんですよね。歴史と言うか、それぞれの積み重ねを感じます」
と言っていた。
本当にその通りだと思う。
週に2回のレッスンを積み重ね、思いを積み重ね、皆何年も何年もやってきたのだ。

ぷぅるも10年間ご苦労さん。
今度はジャズで一緒に頑張ろうね。
by kayojazz | 2004-04-25 02:22 | ダンス・よさこい | Comments(0)
鳴子
イベントで使う鳴子の予備があるか、物置を調べてみた。
今使う分はあるが、本当ならもう2組はあった。
鳴子を手に取り、当時を思い出す。

あれはぷぅるが中学2年の時の夏。
笠中としてダンス八木節に出ることになった。
ただ、人数は少なくたった7人のチームだった。
10人以上でないと出演できないところを、おまけしてもらって出演したのだ。
ぷぅるの親友みゆきと、仲のいい友達2人で作ったチーム。
衣裳はその前年のTJDの物を貸した。
練習場所も無いからと、うちと合同で借りたりもした。
ダンス八木節の結果は、人数が規定に満たないこともあり、また踊りに慣れてない子も多かったから、最下位の敢闘賞。
それでも子供たちは嬉しそうで、イベントを心から楽しんだ様子だった。

その親友みゆきが脳の病気で亡くなったのは、1年半後の冬だった。
2年の2学期から学校を休みがちになり、3年になってからは入退院の繰り返しでほとんど学校へ来られなかった。
亡くなった直後、自宅へ駆けつけた時、踊りが大好きだったみゆきのために父親がキッチンを広げて踊れるスペースを作ったこと、ダンス八木節が楽しかったとずっと言い続けていたこと、をお母さんから聞いた。
私は家に帰り、商工会議所青年部に弔電を送ってもらうよう頼み、それから鳴子と衣裳を持ってまた駆けつけた。

天国に行ってもまた踊れるように、鳴子と衣裳を持たせてあげてください、とお母さんにお願いした。
お母さんは涙ながらに受け取ってくれた。
2組の鳴子。
1組はみゆきのため。
もう一組はお母さんのため。

衣裳まで棺に入れてしまったことに先生は怒ったが、私としてはせめてみゆきに持っていってもらいたかった。
個人の判断で会の物を渡してしまったことは、反省すべき点かもしれないが、親を残して一人で逝ってしまうのはあまりにも可哀そうだ。
せめて思い出の品も一緒に、と思ってしまったのだ。

白く可愛らしいドレスに着替え、鳴子を持たせてもらったみゆきは心なしか微笑んでいるようで、私も涙が止まらなかった。

あれから3年、同級生たちも高校を卒業して、それぞれの道を歩んでる。
親より先に子供に先立たれるのが、どんなに辛いことか・・。
鳴子を手にして、ちょっと切なくなった。
by kayojazz | 2004-04-18 23:17 | 日々思うこと | Comments(0)
投薬
2000年8月~10月
処方された鉄剤を、あまり飲むことなく翌月になってしまう。
この間、趣味と言うか生きがいのダンスに没頭してたから、あまり身体のことは考えなかった。
お盆を過ぎた辺りから、朝起きられなくなり、ちょっとした動作でも息切れを感じるようになった。
さすがに怖くなって、また病院へ。
血液検査を受けると、なんとHb値7.9しかない。
医師も、ホルモン剤による治療をしましょう、と言った。

最初に処方されたのはナサニールという点鼻薬。
GnRHアゴニストの治療薬で、人工的に作った女性ホルモンを大量投与して生理を止めるという薬だ。
朝と夜鼻にスプレーする。

薬が効くまで出血があるが、効けば止まると言われたが、2ヶ月過ぎても安定しない。
その後、主治医が部長先生に代わったこともあって、同じホルモン治療のリュープリンという注射に変更された。

・・・そして副作用が現れることとなる・・。
続く
by kayojazz | 2004-04-17 00:12 | 病気・ケガ | Comments(0)
病気発見のきっかけ
時は2000年初夏。
町の健康診断で貧血を指摘された。

普通の女性ならばヘモグロビン値12~16のところが
何と

9.1

しかなかった。
結果、「要医療機関受診」となり、仕方なく病院に行くことに。

この年代の貧血は婦人科に行くべし、と何かで聞いたことがあったので、
迷わず総合病院の婦人科に行った。

尿検査、血液検査、エコーを受け診断を仰ぐと、
「う~ん、子宮の筋肉の中に5㎝大の筋腫がありますねー」
と医師は言った。
「最近生理は重いですか?」と聞かれ、
「いやーよく分かりません。そんなもんだと思っていたから」

生理痛も無かったので、鉄剤を処方されてその日は終わり。

・・・しかし、その日から4年もかかる闘病生活が待っていたとは、
その時に知る由も無かった・・。

続く
by kayojazz | 2004-04-14 10:14 | 病気 | Comments(0)
卒業だぁ
今日は術後検診の日だった。
予約の時間少し前に行くと、珍しいことにあっという間に呼ばれた。
エコーでお腹の中の様子を見てもらったが、出血も血腫も無く、とてもきれいとのこと。
仕事ももうやっていいそうだ。
運転もお風呂も解禁。
重い物を持たなければ、普通の日常生活なら全く問題はないらしい。
ただ中の縫合部だけは不安定ということで、ダンスはストップがかかった。
でも、それも5月からはOK。ヤッター!
急に動くと体に悪いから、徐々にやるようにと注意はされたが・・。

先生もニコニコして、本当に喜んでくれた。
これで薬も飲まなくていいし、完治だと。
「長い間、よく頑張ったねー」
先生の言葉に、思わず泣きそうになる。
もしここで決断してなかったら、まだ強い薬をずっと使い続けなければならなかった。
「最善の選択だったと思うよ」
先生の言葉に救われる気持ちだ。

子宮は無くなってしまったけど、卵巣はまだ残っている。
機能も正常だ。(基礎体温をつければ、きれいに2層に分かれるそうだ)
年に1回卵巣の検査を受ければ、もう治療は終了とのこと。
・・・これで産婦人科とも卒業だ・・。
そんな思いがフッとよぎる。

入院中お見舞いに来た人に、「こんなことなら早く切っておけば良かったのに」と言われたりしたが、私は今のこの時期でよかったと思っている。
薬の副作用に苦しめられ、散々悩んだ挙句の果てだったから、悔いの無い決断が出来たのだ。
安易に手術してしまったら、それこそ後悔しただろう。

安心して欲しいのは、今の時代、私のように全摘しなければならない程の症状の人はあまりいない。
切らなくても道はいろいろある。
もし、誰かが婦人科系の病気で悩んでいたら、少しは相談に乗れるよ。
ガンに使う薬までやっていたから、副作用もいろいろ経験したしね。

時は春。
踊れるようになるまで、あと少しだ・・。
by kayojazz | 2004-04-08 23:11 | 病気・ケガ | Comments(0)
情熱
昨日、ある乳がん患者の文章を読んだ。
その人は乳房切除の大手術をし、退院翌日プールで泳いだそうだ。
医者は無謀だと怒ったらしいが、泳がずにはいられなかったという。
社会人でスイミングに頑張っている人なのだ。
最近の乳がんの手術は、昔に比べて広範囲に切除しないそうだが(進行にもよりけり)、それでも「泳ぐ」には多少なりとも支障があるらしい。
選手としてレースに出るためには、ある一定のタイムを出さなければならない。
退院した年は、規定のタイムを10秒ほどオーバーした。
それでも、そこまで頑張ったことに周囲の人は驚いたようだ。
しかし、本当に凄いのはその後。
苦しい抗がん剤の治療に耐えて、翌年にはきっちり時間内のタイムを出し、見事復活したそうだ。

要は気持ち。
情熱は全てを凌駕する。

私も頑張りたいな。
by kayojazz | 2004-04-07 23:01 | 日々思うこと | Comments(0)
花に嵐
今日は雨・・。
バレエの総会が終わったら、みんなで花見に行こうと思ったけど、ちょっと無理だった。
そのバレエの総会には、今年もぷぅる一人で行ってもらった。
多分、ぷぅるにとってこれで最後になるであろう発表会。
高校を卒業した同級生同士だけの、記念の踊りがあるという。
以前は8人いた仲間も、今は半分の4人だけ。
10年間、良く頑張ったね。
きっと見たら私の方が泣いてしまうんじゃないかと思う。

そう言えば、泣きながら舞台を見たことが、かつて1回だけあった。
ぷぅるが大手術をした年の発表会だ。
先天性総胆管拡張症という1万人に1人の難病になり、膵炎を併発して命も危なかった。
膵炎を治してから、即座に総胆管切除の手術。
胆嚢も一緒に切り、胆管の代わりに小腸を1m取って、バイパスして繋げる。
顕微鏡を使っての縫合で、6時間もかかる大手術だった。
2月に手術したから、4月の発表会はほとんど絶望に近かったが、子供の回復力は物凄く、何と出演できてしまった。(それも1曲パスしただけ)
生きて踊ってること自体が奇跡のように思えたので、舞台上のぷぅるを見ただけで涙が止まらなかったなー。

あれから8年、白樺も卒業となると、やはり寂しいものがある。
振り付けが押せ押せのようだけど、頑張って欲しいよ。

花に嵐のたとえもあるさ、サヨナラだけが人生だ
by kayojazz | 2004-04-04 22:57 | 日々思うこと | Comments(0)